2026.03.13
暮らし日記
島に暮らすという選択肢、昔からある何気ない日常が風景を作り風景が人を繋ぐ
今回は1年間大学を休学し、東シナ海の小さな島ブランド株式会社でインターン生活を送った木崎 愛菜(きさき えな)さんにお話しを伺いました。
大学では地域資源創成学を専攻しています。地域特有の資源(農林水産物、自然、観光、文化)を活用し、持続可能な地域活性化を実現するための経営・マーケティング、社会科学、農学・工学の基礎知識を学ぶ学部です。
「正直、最初はしんどくて何度も辞めたいって思いました」
そう笑って振り返る愛菜さんは、この1年間、週に2回とうふ工場に立ち、揚げをつくり続けてきました。島でのインターン生活を終えようとしている今の顔には、1年間やり遂げたからこそ溢れる表情が見られます。
休学を経て長期インターンへ ∼1年間の挑戦∼
大学2年の年末に差し掛かる頃、愛菜さんは立ち止まっていました。
大学のカリキュラムには4週間のインターンシップが組み込まれており、単位を取得するためにはどこかの企業を選ばなければいけませんでした。しかし、並んだリストの中に、心から行きたい場所は見つからなかったといいます。
そのことを、先生に相談し面談を重ねるうちに、自分は本当に何をしたいのかを考えるようになったといいます。そして、「たった4週間で、何が学べるんだろう?」という小さな違和感がえなさんの心に芽生えます。
その思いが愛菜さんを突き動かします。「せっかく時間を使うなら、浅い経験ではなく、1年を通して色々な経験をしてみたい」と決意を固めました。
以前から、街づくりや地方のベンチャー企業に興味があったので色々検索し、先生と一緒に探し当てたのが、東シナ海の小さな島ブランド株式会社 (通称:アイランドカンパニー)でした。島の資源と文化を活かした街づくり(地域活性化)に取り組んでいるアイランドカンパニーでは、さまざまな事業を展開しているため、色々な事が学べ楽しそうだと思い、直感でこの会社に決めたと振り返ります。
1年間休学をして臨むインターンについてご両親は、卒業が遅れる事などもあり心配していましたが、あまり知らなかったインターンの事を色々と調べてくれ、「大学生の今しかできない経験だから頑張っておいで」と娘の挑戦を応援してくれたそうです。


美しい島の風景
理想と現実のギャップ
期待に胸を膨らませて島に来た愛菜さんを待っていた仕事は、想定していなかった早朝4時半からの揚げ製造でした。戸惑いもありましたが、新しい環境にワクワクし、仕事を覚える事にも必死で、とても充実した日々を過ごしていました。
揚げの製造以外にも山下商店での接客のほか、通販サイトの運営を任されました。しかし、島に来てから2ヶ月が過ぎようとする頃、ふと立ち止まってしまいます。
大学で学んだ華やかな地域活性化のイメージと、目の前にある揚げの山。その距離があまりにも遠すぎて「揚げを作るのが、私のしたかったことなのか?」と 目的を見失いそうになり、やり場のない焦りばかりが募っていきます。
理想と、油の匂いにまみれた現実の差に、ピンと張っていた心の糸がぷつりと切れかけた瞬間、あんなに楽しみだった島暮らしが、急に色あせて見えた夜明けがありました。


切れかけた心の糸を紡ぎ直した島の人との出会い
真っ暗な気持ちを救ってくれたのは、一緒に働くスタッフや商店を訪れるおばちゃんたちと交わす会話、地域の方との交流でした。地域のバレーボールの練習に参加たり、地区の運動会や自治会の方との飲み会に参加したり、気づけば愛菜さんはただのインターン生ではなく、島の大切なコミュニティの一員になっていました。
濃い人間関係の中に飛び込むことで、世界は一気に広がりました。
誰かの役に立ち、誰かに喜んでもらえる。
そんなシンプルな手応えが、折れかけていたえなさんの心を繋ぎ止めてくれました。まちづくりの原点は、この小さな交流の積み重ねの中にあるのかもしれません。
最初はやらされた仕事として向き合っていた揚げ作りが、いつの間にか大好きな人たちに届けるものを作る大切な仕事に変わっていきます。そして島はただの研修先ではなく、かけがえのない居場所になっていきました。


無理だったことが心地良いに変わる
島での暮らしは、これまでの愛菜さんの常識を次々と塗り替えていきました。
「初めは、シェアハウスなんて絶対に無理だと思っていたんです。でも、今は誰かがいる安心感や、島特有の温かなおせっかいが、心地よくなっています」
これまで考えられなかった変化が、愛菜さんの日常に溶け込んでいきます。
「大の苦手だった虫にもいつの間にか立ち向かえるようになりました。それに、玄関の鍵を開けたまま出かけることも今では当たり前になりました(笑)」
仕事を終えて帰宅すれば、玄関には名前のないお裾分けが置かれていることもよくありました。帰り道では「これ持っていきなさい!」と次々に声がかかり、両手いっぱいの野菜やミカンを抱えて帰った事もあります。慣れない畑仕事をしている愛菜さん達をみかねて、近所の方が手伝ってくれたこともありました。
「最初は、『山下商店にいる女の子』と呼ばれていましたが、そのうちに『えなちゃん』って名前を覚えて、呼んでもらえるようになったことがすごく嬉しかったです」



~人が風景を彩り、風景が人を繋ぎ育てる~
「海も綺麗だし、毎日過ごしたこの家の雰囲気も、島の風景が大好きです。でも私が思い浮かべる島の風景は大好きな人たちの顔がいつも一緒にあります。揚げを買いに来るおばちゃんの笑顔だったり、海で釣りをするおじいちゃんの笑顔だったり、一緒に働いた仲間の笑顔だったり」
美しい風景を思い出しても、そこには必ず誰かとの思い出が一緒に映り込んでいます。大好きな人がいるから、その風景が特別なものになりました。



地区の運動会にて村東自治会の代表として選手宣誓もしました!
~風景に溶け込んでいくということ~
島で暮らすということは、自らがその土地の【風景】の一部になるということなのかもしれません。
愛菜さんが朝早くから作った揚げが、誰かの食卓に並び、朝の風景になり、 道端でお裾分けにいただいた野菜が夕食の風景になる。
愛菜さんが夜明け前に揚げを作っている姿も。
港で誰かを一生懸命に見送る姿も。
仕事帰りに袋いっぱいのミカンを抱えて、軽やかに道を歩く背中も。
地域の集まりで、少し照れながらも輪の中で笑っている横顔も。
山下商店の前を通るたびに、私たちはそこに愛菜さんがいた風景を思い出すことでしょう。
人が好きだから、この島が好き
この島は愛菜さんにとって、大切な人たちが生きる愛おしい場所になりました。



感謝されるたび、輪郭がはっきりしていく。
島で見つけた自分がここにいる理由
若い世代がめっきり減ってしまったこの島で、地域の集まりに積極的に参加する愛菜さんはとてもありがたい存在だと喜ばれました。愛菜さんにとってはそれ以上に、島の人たちが自分をひとりの人間として必要としてくれることが嬉しかったと言います。
都会では埋もれてしまいがちな自分という存在が、ここでははっきりと輪郭を持ち、誰かの支えになっている。その確信が、愛菜さんの心にやり抜くための根っこを張らせていきました。
不器用な自分をまるごと受け止めてくれた場所
「これまでの私は楽で楽しい事ばかりを選んでいて嫌になったら逃げてしまっていました…」
島に来て半年が過ぎようとしていた頃、自分の準備不足で業務が滞ってしまった際、残った業務を人任せにしてスタッフと嫌な雰囲気になってしまった事がありました。
「原因が自分にあることは分かっている。でも、素直になれない……」
膨らみ続ける気まずさに耐えきれず、ついに「私もう島を出ます」と告げてしまいます。ピリついた空気が何日も続きました。これまで積み上げたものを全て投げ出そうとしていたえなさんにスタッフが伝えてくれたのは、意外な言葉でした。
「このままの関係でも私は別に上手くはやれたと思う。もともとエナは帰るまでの期間が決まってるし、上手くはやれてたよ。だけど……もう別に会わないみたいな感じの関係性で終わるのかなって思ったら何か寂しいかも……」と。
えなさんの弱さや不器用さを理解し、指摘する代わりに、ただ自分の寂しさを伝えてくれたのです。
「その言葉に、ハッとしました。ぶつかって苦しんでいたのは自分だけじゃない。相手は自分との関係を大切にしようとしてくれていたんだと…逃げ出すことで守ろうとしたプライドよりも、向き合えずに大事な人を辛い気持ちにさせてしまったことを恥ずかしく思いました…」
島での暮らしは、思いがけず自分自身の見たくなかった部分を突きつけてきました。
「私は変にプライドが高くて……ダメなところや失敗を認めることも出来なくて、そこに恥ずかしさもあったりして……でもこの島での人間関係が、失敗しても未熟でもいい。 完璧な自分を演じることよりも、カッコ悪いところもさらけ出して、ただ、誠実に向き合うことの大切さを教えてくれました」
自分の意見や思いを伝える事も苦手だったけれど、少しづつ伝えられるようにもなり、1年間頑張るって決めてちゃんと続けられました。
「でも、それは私が強かったからじゃなくて、周りの人が支えてくれて、迷った時は背中を押して、立ち止まった時は手を引いてくれたから。みんながいたから、走りきることができたんだと思います」
たくさん怒られて、たくさん泣いて、たくさん笑った1年でした。
折れない心を作るのは、強さではなく素直さだったのかもしれません。



売るから、届けるへ
~小さな経済を循環させる~
山下商店での店番や揚げの製造に励む傍ら、通販サイトの運営という大役も任されていた愛菜さん。
パソコンの画面と向き合う日々の中、転機となったのは、竹島や沖永良部島へと足を運ぶ機会をもらったことです。そこで目にしたのは、ただの商品ができるまでの工程ではなく、作り手の息遣いや、厳しい環境に立ち向かう人々の情熱でした。
「現場の苦労や、そこに込められたこだわりを肌で感じたとき、自分の中で何かが変わりました。ただ効率よく売るのではなく、受け取る人にこの熱量をどう伝えるか。それを一番に考えたいと思うようになったんです」
自分で見て、触れて、感じたこと。その実体験から溢れ出す言葉こそが、人の心を動かす伝える力になることを学びました。
「単なる作業だと思っていた揚げ作りも、通販の発送作業もそのすべてが、島と誰かをつなぐ大切なバトンなのだと思うようになりました」



実体験を手にした今、復学後の授業が楽しみに
春には1年間のインターンを終え復学します。島に来る前、講義で聞く地域活性化や地域資源の創成という言葉は、どこか遠い世界の出来事のようで、愛菜さんの心に深く響くことはなかったといいます。
「これからの授業の受け取り方は全然違うものになると思います。学生に戻ることに少し不安もあるけれど、楽しみの方が大きいです」
かつては単位のために選ぼうとしていたインターン。しかし、自ら1年という時間を投じ、逃げずにやり抜いた経験は、愛菜さんの中に揺るぎない学びになりました。以前とは違う、実体験という強い武器を手にした愛菜さんの本当の意味での地域創成という言葉には、生き生きとした島の情景が見えるはずです。
島での1年は、数え切れないほどの出会いと、それと同じだけの別れを繰り返す日々でもありました。そして今、ついに愛菜さん自身が見送られる番がやってきました。



「また、いつでも帰っておいでね!」
かけてもらったその言葉は、単なる社交辞令ではありません。1年間、朝早くから揚げを作り、地域行事で汗を流し、素直な自分をさらけ出してきた愛菜さんが、自らの力で手に入れた帰る場所の証です。

「えなちゃん1年間、本当にお疲れさま!」
これから先、新しい世界で何かにぶつかって立ち止まった時、
優しいお節介に甘えたくなった時、
島の風景が恋しくなった時、
またいつでも帰っておいで。
私たちは、あなたが朝4時半の調理場で流した汗も、不器用ながらに差し出した優しさも、全部知っています。ここは、あなたがあなたらしくいられる、永遠のホームです。
あなたが選ぶこれからの道が、島で見たあの朝焼けのように、素晴らしい光に満ちたものになることを私たちはこの島から、ずっとずっと祈っています。
1年という点が人生の線になっていく
まずは1年という点を打ってみませんか。
その一歩が、いつの間にか人生を形づくる大切な線になっていくのかも知れません。
今もし、島への移住や新しい挑戦に迷っているのなら、まずは1年間、がむしゃらに島暮らしや挑戦を楽しんでみてはいかがでしょうか。
勇気を持って飛び込んだその先には、今のあなたには想像もできないほど晴れやかで、温かい景色が広がっているはずです。


