2025.06.13
島民インタビュー
島だからを言い訳に、色々な事を諦めたくない
今回の島民インタビューの主人公は、島を想い、家族を想い、日々奮闘する齊藤純子さん。

上甑島・里出身の純子さんは、島立ち後も島が恋しく、本土と島の行き来する生活を送りながら、甑島のPRイベントや民俗楽器「ゴッタン」の復興活動に取り組みはじめます。2009年に帰郷し、観光案内所等の仕事を経て、夫婦でこしきツアーズ株式会社を設立しました。

現在は、観光コーディネーターとして、個々のお客様に合わせたツアーの企画やレンタカー業、お土産店を営んでいます。
また、プライベートでは、「ゴッタン甑の会」の部長として、民俗楽器ゴッタンを地域文化として未来へと残すべく、島内外問わず演奏へと出向くアクティブな暮らしぶり。

「甑島にしかやりたい事がない、甑島の事じゃないと熱が入らない」と言う彼女の周りにはたくさんの仲間がいて、彼女のことを応援したい、協力したいとそんな気持ちにさせてくれる素敵な島のお姉さんです。
純子さんがこれまでにも島を大切にしている、その気持ちの原点を伺いました。
純子らしくいられる仕事だったら、
どんな仕事でもいい
鹿児島市内の進学校卒業後、福岡の大学で法律の勉強をしていた純子さん。父の「島には法律の専門家がいないから純子がなってくれたら助かる」という言葉がきっかけで、法律関係の仕事を目指していたものの、これが本当にやりたいことなのか、自分の進みたい道なのか確信が持てず、試験勉強も身に入らなくなっていきました。それでも、親からの期待に応えたい思いと、学費を出してくれたことへの申し訳なさから、簡単に「やめたい」とは言えず、苦しい日々を過ごしていました。
そんな折、純子さんの元を訪れていたお母さん。純子さんの気持ちに気づいたのか、親心を伝えてくれました。
「私はね、純子が純子らしくいられる仕事だったらどんな仕事でもいいと思ってるよ。どんな仕事にでもみんなそれぞれの役割があって、プライドや使命感があってやってると思うの。その人が自分の仕事に誇りを持ってやっているんだったらどんな仕事でもいいと思う。」
その言葉で一気に肩の荷が下りた純子さん。その後、紆余曲折を経て、島立ちした時からずっと考えていた「大好きな島をPRしたい!」という想いが溢れ、島に関わる仕事をつくっていく決心をします。
最後の里村を記憶に残す
KOSHKI ART PROJECT
時を同じくして、2004年に弟の平嶺林太郎さんが発起人であるKOSHIKI ART PROJECTが動き出します。平成の大合併により、甑島が薩摩川内市の一部となる前に、最後の里村を記憶に残したいという想いから始まりました。芸術大学に在学していた林太郎さんが、学生アーティストたちを島へ招き、島内の空き家、空き地、空き倉庫、廃校や田畑などを舞台に、島全体を展覧会場にして行なった滞在制作型のアートプロジェクトです。
純子さんは、実行委員のメンバーとして、アートプロジェクトと甑島をPRしようと、天文館の空き店舗で島の物産展を開いたり、夜はBarで島のお酒を出したり、ライブ会場でPRをしたり、市内で島の伝統行事「かずらたて」を行うなど勢力的に島とアートプロジェクトのPR活動をしました。

かずらたて:五穀豊穣を祈る里地区の伝統行事で、もともとは十五夜の行事でしたが、現在は帰省や観光で人が集まる8月のお盆の時期に行っている。山から採ってきたカンネンカズラをつなぎ合わせて綱を作り、それを大蛇に見立てて仮装した若者や子ども達が大漁旗を掲げながら、街中を踊り歩く伝統行事。
あなたの天職
ひとりひとりに向き合う個人旅行代理店
アートプロジェクトを期に「島の外からではなく島の中から島を盛り上げよう!」と島に戻る決断をします。
島に戻ってからは観光案内所で働くことになります。当時は、島の情報があまりなかったので島の観光マップを作成したり甑島の魅力を伝えるべく様々な工夫を凝らし、旅行者からもとても評判が良かったと言います。「喜んでくれる人がいるから頑張れた」と話す純子さんですが、お客様からの評判が良くなればなるほど妬まれる事が多くなり、次第に心がすり減っていきます。
そんな時、「この仕事はあなたの天職だと思う。もっと一人一人に向き合ってツアーを作れる個人向けの旅行会社をやってみたらいいんじゃない?」という言葉に背中を押され、退社を決めます。
「旅行業の資格を取得するまでうちの名前を使っていいよ」と言ってくれた福岡の旅行会社の社長のおかげで、株式会社ヒラミネの中に旅行事業部を立ち上げることとなります。その後、旅行業に関わる資格を取得し独立、こしきツアーズ株式会社を夫の齊藤智顕さんと共に設立することとなりました。
島に帰ってきてからも旅行業と並行し、アートプロジェクトの取り組みも行ってました。アートの活動は県内外での様々な賞を受賞し、TVや雑誌の取材などの対応も忙しくなりましたが、「忙しくて大変ではあったけど好きな場所で好きな人達と好きな事ができて幸せ。島の為にやっているという感じではないけどやっていることが島の為になったらいいなと思っていた」と振り返ります。
島だからといって
無い事を諦めたくない
長女が産まれ、1年が経とうとしていた頃、突然お母様が倒れ本土の病院へと搬送されました。何十時間の緊急手術後、一ヵ月もの間意識が戻らず不安な日々を送る家族。手術中もその後の日々も娘さんの無邪気な笑顔に家族全員が救われたと言います。「あの子が家族の光だった」と思い返します。
実家の建設会社の経理や事務も引き受け、自分達の会社の事、子供の事、家族や会社のスタッフ分のご飯を作り、お母様が大切にしていたものを必死で守った純子さん。術後一ヵ月程経ち、奇跡的にお母様の意識は戻りましたが後遺症が残ってしまい、以前と同じような暮らしは難しくなりました。
ですが、純子さんは諦めませんでした。
お母様が同窓会の旅行に参加できるよう、トラベルヘルパーさんにお願いし露天風呂にも入れるようにしたりと体が不自由だからといって我慢ばかりなのは悲しいと様々な事を一緒に楽しみました。「母の事がきっかけで『ユニバーサルツーリズム』という概念にも出会えた」と前向きに話してくれました。
ユニバーサルツーリズム:「すべての人が楽しめるよう創られた旅行であり、高齢や障がい等の有無にかかわらず、誰もが気兼ねなく参加できる旅行」を目指すこと
こしきツアーズも、積極的にユニバーサルツーリズムに取り組んでいます。

「島だからといって、無い事を諦めたくないし、人の心の温かさでバリアも越えていきたい」と想いを話してくれました。
数年前、お父様が病に倒れた時も姉弟三人、協力し合いました。様態が悪くなる中、痛みが出ると交代で体をさすり、声をかけたと言います。最後の三日間は、奇跡的に姉弟三人がそろい、親戚など総勢20名ほども集まり小学校、中学校、高校の校歌を歌い、好きだった演歌を歌い、感謝を伝えお父さんを見送ることができたと話してくれました。
決まり事や慣習、風習などを重んじ厳格な面もありつつ、家族を想い島を想いとても愛情深かったお父さん「協力し合える姉弟に育ててくれてありがとう。優しい弟たちは私の自慢です」。
私は島に生かされている
「挫折も、悩みも、喜びも、やってきたこと全てが今に繋がっているから後悔はない」
ただ私たちだけががむしゃらに頑張るだけでは島の未来には繋がらない、若い世代の子たちが島の事を自分事と思って一緒に動いてくれたら嬉しいと語る純子さん。
純子さんを突き動かすものは「勝手な使命感。子供のころから自分がやらないとという勝手な使命感でクラスの意見をまとめたり、生徒会で活動したりしていたけど、もしかしたら周りはまた純子が何かやってるわー。って思っていたかもしれない。今は使命感という感覚もなくやりたい事をやっているだけなんだけどね!」
「私は島に生かされていると思う。私のやりたい事は島にしかないし私のやっていることは島だから活きる」と話す純子さん。

休む暇もないほど毎日島中を動き回っているが「疲れはするけど、好きな場所で好きな人達とやりたい事をやっているだけだから心がすり減ることがない。島を褒めてもらえるとまた頑張ろうと思えるし、島の店や人が褒められるのも嬉しくてすぐに報告しに行く、出し惜しみしせず相手が嬉しくなる事や感謝はちゃんと言葉にして伝えたい」と話す純子さんの周りはいつもたくさんの笑顔が溢れています。
最後に島暮らしを検討中の方へのメッセージをいただきました。
「島での暮らしは意外と忙しいよ!地域の行事や奉仕作業、親戚やご近所付き合い、子育て、仕事、と休む間もないけど、ここでの暮らしは、ちゃんと息が出来て生きてるって実感できる!だから島の良さを体感して島暮らしを楽しんで欲しい。島に通ってみて地元の情報を得るのも知り合いを増やすのも大事、自ら島の良さをたくさん探して欲しい!」
島で暮らしていると色々な人と関わっていく事になります。煩わしかったはずの人付き合いが持ちつ持たれつで助け合う関係になっていきます。
「やりたいことができるのは、協力しあえる家族や姉弟・親戚の存在があってこそ」と話す純子さん。夫婦で自営業を営んでいる事もあり、より協力関係が必要になるのだと感じます。
そしてお互いの役割を理解し、支え合うことが、仕事を円滑に進め、家庭も円満に保つことに繋がるのでしょう。
取材中も「お昼食べていってね!トモさん(旦那様)がパスタ作ってくれるから!」と親戚の家に遊びに来たかのような感覚になりました。島暮らしで何か困った事があれば頼りたくなる存在です。
甑島にお越しの際は、ぜひこしきツアーズのツアーをご体験ください。ガイドつきの島巡りをおすすめしたいです。このツアーは島内にお住いの方にもおすすめです。
普段の生活では出会うことのない島の魅力に出会える素晴らしい機会になるはずです。
