何もないけど何でもできる、海の恵みから結晶を生み出す塩職人

2023.11.10

島民インタビュー

何もないけど何でもできる、海の恵みから結晶を生み出す塩職人

下甑島の最南端に位置する手打地区は、およそ1.5キロの砂浜が続く手打湾と山間に広がる水田に囲まれたのどかな土地です。『こしきの塩』の木彫り看板を目印に工房を尋ねると、代表の有馬新悟さんが出迎えてくださりました。

工房の中では、大きな鉄釜に薪が焚べられており、製塩の真っ最中。昔ながらの釜炊き式で手間ひまをかけてつくられる『こしきの塩』は、そのおいしさから、島内外問わずリピーターの絶えない人気のお塩です。甑島の海の恵みからつくられる塩づくりは、父から受け継いだ生業だと話す有馬さん。日々の塩づくりと甑島での暮らしぶりを伺いました。

父から受け継いだ塩づくり

子どもの頃、JICAに所属していたお父さんとともに、アフリカのザンビア、ホンジュラス、ドミニカ共和国などにも住んだ経験があると話す有馬さん。甑島への移住は、有馬さんが中学3年生の夏でした。塩専売制度が廃止されたタイミングで、有馬さんのお父さんが塩作りを始めようとお母さんのご実家であった下甑島・手打に家族で移り住みました。

甑島には高校がないため、中学卒業後に子どもたちは島を離れ進学するのですが、甑島では、そのことを『島立ち』と呼んでいます。中学3年生の夏に下甑島に引っ越した有馬さんは、わずか半年での『島立ち』を経験しました。その後、鹿児島市内で学生生活を送り、就職。営業職に就いていた有馬さんでしたが、お父さんの後継ぎとして、島に帰ることを決意します。

「9年前、父が腰も痛いし塩づくりをもうやめようと思っているということを言い出して。じゃあ俺がやろうかな、と。会社で組織で働いていくより、ひとりで働きたいなという思いもありました。」

有馬さんの1日は、500リットルの海水を汲むところから始まります。海水を汲むのは満潮の時間帯にこだわっています。干潮の時の海水と比べると、より複雑で味わい深いお塩になるんだとか。また、塩を炊く窯で使う薪集めも大切な仕事のひとつ。ガスは使わず、流木や枯れ木、廃材を活用しています。

海水から塩へ、2〜3日かけて炊きます。炊いたばかりの塩は、にがりによって湿っているため、ざるに入れて乾かします。

乾かす過程では、三角ろうとのような特殊な形をした竹ざるを使います

脱水機のような機械に入れて塩を乾かす方法もありますが、水分を取りすぎてしまうため、『こしきの塩』の工房では、特殊な形の竹ざるを使い、自然の重力で落ちる分だけを落としているとのこと。

海水を汲み、釜炊きと自然乾燥を経て、塩になるまで、なんと1週間ほどかかります。自然の素材を自然の力で炊き上げ、出来上がった『こしきの塩』は、まろやかさと塩本来の甘みが特徴です。

丹念に時間をかけて完成した『こしきの塩』

塩づくりの難しさを尋ねると、根気ですかね、と笑う有馬さん。きらきらと輝く『こしきの塩』は、自然とひたむきに向き合う有馬さんの根気強さの結晶です。

「自分は割とこういう作業が好きなので苦ではないです。毎回、味は変わるので、今日の塩はおいしいな、とか。お客様がおいしいと言ってくださることもやりがいになっています。」

©︎コセリエ

何もないけど何でもできる島の暮らし

甑島は地域によって地形も、行事も、言葉も、文化が全然違います。下甑島・手打地区は、穏やかな地域だと有馬さんは話します。

「人付き合いがいい意味でそこまで密じゃなくて、程よい距離感があります。もちろん、話しかけたらおいでおいでってウェルカムなんですけど、距離感を自分で図りながら過ごせるところは人によっては心地よく感じられると思います。」

交友関係は焦らず、少しずつ。地域のバレーボールクラブなど、クラブ活動を通して島の方と仲良くなることもおすすめだそうで、有馬さん自身も囲碁・将棋クラブに入っているそうです。

移住と切っても切れない仕事についてお尋ねすると、選ぼうとすると、都会に比べるとやはり難しいところはあるとも話す有馬さん。一方、島だからこそのメリットも教えてくださいました。

「人手不足のところは多いので、どんな仕事でもやってみたいという方であれば仕事選びで困ることはないかもしれません。あとは、自分で何か仕事を始めてみることもできると思います。島は何もないけど、そのぶん何でもできる場所ですから。」

また、シンプルな島で暮らす良さも教えてくださいました。

「以前は、インドアで、ネットがあればどこでも遊ぶ内容も変わらないようなタイプでしたが、島に来てからの方がかえって、海に泳ぎに行ったり、今までしなかったような遊び方もするようになりました。シンプルで誘惑のない島なので、その分自分や家族とゆっくり向き合える環境があります。」

お店が閉まる時間は都会に比べると早いですが、通販もあるため、買い物に困ったりすることはほとんどないとのこと。また、月に2回くらい獣医さんが本土から巡回があるそうで、そのときに薬をお願いしたりできます。ペットと一緒の島暮らしにもうれしい情報を教えてくださいました。

甑島の海の恵みを受け、日々塩づくりに勤しむ有馬さんに、自然とともにある生業と、何もないけど何でもできる島の暮らしを教えていただきました。有馬さんは、Classdo!メンバーでもあります。ぜひ、Classdo!メンバーを頼って、島暮らしの相談をしてくださいね。

こしきの塩ホームページ:http://koshiki-salt.net/